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この奉納絵馬は、川之浜八坂神社(安土桃山時代鎮座)に奉納されている川之浜浦鰯漁大漁絵図です。江戸時代に宇和島伊達藩が宇和海に財を求めて鰯漁を推奨し各地の庄屋などで網元といわれる組織が確立されました。 平地の乏しい佐田岬半島では米麦の代わりに年貢として半島で捕れる海産物(宇和鰯、串鮑、干鮑、海草)を藩に納めていたとされます。 200年以上前の鰯漁(現代のしらす漁)を後世に残す希少な資料であるため平成22年(2010)4月吉日復元致しました。 |
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昭和30年代後半まで船を陸に引き上げたり、地引網の巻き取りに轆轤と呼ばれる人力巻き上げ機が使用されました。昭和40年代に入り、半島部でも動力ウインチが使われるようになり、しだいに姿を消していきました。 この轆轤は2010年に木村造船所で製作いたしました。 |
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遥か平安の時代、壇ノ浦の合戦で敗れた平家は落人となり佐田岬半島にも逃れた。この川之浜浦の砂浜でも西の川を挟んで西に平家、東に源氏の合戦が行われたと言い伝えられている。この合戦で命を落とした落人の霊を慰めるために村人が地蔵を建立した。現在でも豊後水道を望む高台の上に小さな地蔵が祀られている。 |